SPECIAL INTERVIEW
今年創業112年を迎える講談社が、新たなブランドコピーとロゴマークを掲げ、さらなるグローバル展開を進めていくと宣言した。
なぜいま、海外か。そしてなぜいま、企業ブランドを刷新したのか。同社代表取締役社長の野間省伸と、同社のブランディングをサポートしたグレーテル社代表のグレッグ・ハーン氏が語る、講談社の新たな挑戦とは――。
株式会社講談社代表取締役社長。慶應義塾大学法学部卒業。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)勤務を経て、2011年、講談社代表取締役社長に就任。講談社は1909年創業の出版社で、ジャーナリズム誌・女性誌・ノンフィクション・小説・児童書・コミックなど幅広い出版活動を行っている。英語圏、中国語圏に限らず世界多言語に翻訳され、熱心に支持されているコンテンツも多い。読書推進活動にも熱心で、出版文化の向上に貢献した才能を顕彰する野間賞・吉川賞といった賞も多数運営している。
米国ニューヨークにあるクリエイティブスタジオ、グレーテル社代表。2005年に同社を設立して以降、さまざまな業種のクライアント向けにブランド戦略、ビジュアルアイデンティティの開発にキャリアを費やしてきた。Google、MoMA、Citibank、Vanity Fair、New York Magazineなどの作品は、多くの賞を受賞しており、デザイン、ブランディングに関する出版物にも掲載されている。ブランドと企業アイデンティティのメカニズムに関して頻繁に講演を行っている。
大きな展望、大きな課題
- グレッグ
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初めてお会いしたのは2年前、ブルックリンのホテルのカフェでしたね。歴史ある日本の出版社の社長がニューヨークまで来られて、私たちにどんな用があるのかと思っていたら、熱のこもった言葉で「講談社の次の10年の戦略」についてお話をされました。
- 野間
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あの日のことは鮮明に覚えています。出会って間もないのに私が突然「次の10年」の話をしたものだから、グレッグさんも驚かれていましたね。
講談社は2019年に創業110年を迎えました。私たちはおよそ10年ごとに新たな目標を打ち立ててきたのですが、この10年間は「出版物・コンテンツのデジタル化」を最重要課題として進めてきました。その結果、現在はほぼすべての講談社の作品が電子化されています。
では、次はなにをなすべきか。私は、次の10年で講談社のグローバル展開を加速させるという決意を固めました。もちろん、これまでも講談社はグローバルマーケットを常に意識してきました。2005年には中国に「講談社(北京)文化有限公司」を、08年にはアメリカに「講談社USAパブリッシング」という現地法人を設立するなど、着実に海外でのビジネスを拡大してきました。『進撃の巨人』を例に挙げれば、コミックス・電子書籍の累計発行部数は全世界で1億部を突破しています。
しかし、現状に満足してはいられません。なぜならテクノロジーと通信技術のさらなる発展によって世界はますます近くなる。その一方で日本の人口減少は進みます。そのような変化の中で、国際展開をより速く進めていくことは必然だと思ったのです。
講談社の作品をもっと世界に広めていく。海外のクリエイターを育成する。各国に根ざした企業との提携を進める――そんな、世界中で講談社の作品が読まれる・生まれるためのネットワークを構築したい。それが次の10年を見据えた私の戦略であり、決意でした。
- グレッグ
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日本発のコンテンツはいま、世界中で求められています。アメリカで開催される、日本のアニメを中心とした祭典「AnimeExpo」は20万人を集める巨大イベントとなっていますし、Netflixをはじめとする配信プラットフォームでも、日本発のコンテンツの配信が増えています。何より、私自身も『AKIRA』をはじめとする日本の作品の大ファンですから(笑)。日本発のコンテンツは今後、ますます世界から歓迎されるでしょう。
しかし、講談社の世界展開を進めるうえで、どうしても解決しなければならない課題が見えていたんですよね。
- 野間
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ええ。これを解決しないと前に進めないというぐらい、大きな課題でした。
端的に言うと、『FAIRY TAIL』や『セーラームーン』、『ノルウェイの森』や『窓ぎわのトットちゃん』など、世界で何百万、何千万部と売れている講談社発の作品は数多くありますが、実は海外の読者はそれが「講談社のコンテンツ」であることを知らないのです。いや、そもそも講談社という出版社の存在自体を知らない人も少なくない。
この名前を世界の人々に知ってもらい、その名前を聞けば「あのおもしろい作品を作っている会社だ!」とワクワクしてもらうようになるためにはどうすればいいのか……頭を悩ませていました。
そんなときに出会い、課題解決のパートナーとなってくれたのが、グレッグさんが率いるグレーテル社でした。
グレーテル社は2005年にニューヨークで創設された約30名のクリエイターからなる組織だ。これまでにNetflixやNational Geographicなどのブランディングを手がけたことで、世界から注目を集めている。
- 野間
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当初、私は日本の企業をパートナーにして世界戦略を練ろうかとも考えていたのですが、一番大きなマーケットであるアメリカへのさらなる進出を図るなら、やはりアメリカのチームと組むべきだろうと考えました。私たちが取り扱うコンテンツには、「正解」がありません。感覚がとても大事なビジネスですから、現地に根差し、かつ私たちの仕事を理解してくれるチームをパートナーにしたかった。そこで、世界でもトップレベルのクリエイターが集まり、過去に私たちのビジネスに通じるものを手掛けてきたグレーテル社にお願いをしよう、と思ったのです。
講談社を知ってもらうために、
必要なこと
- グレッグ
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われわれグレーテル社にとっても、歴史ある日本の会社の世界進出を一緒に手がけられるのは光栄でしたし、なにより刺激的なチャレンジになるので、ぜひとも協力したいと思いました。
お話を詳しく聞くなかで、講談社が抱えている課題を解決するには、いま一度、講談社のブランディングを行う必要があると感じました。
ブランディングというと難解に聞こえますが、要は「その会社がどんな会社で、どこに強みを持っているのかを、わかりやすく伝える方法を考える」ということです。講談社は日本においてはよく知られていて、日本の読者やユーザーはその名前を聞けば「歴史がある」「信頼できる」「おもしろいものを作っている」などのイメージを思い浮かべてくれるでしょう。それと同様に、海外においてもKODANSHAと聞いたときに、具体的な作品はもちろん、誰もがポジティブなイメージを思い浮かべるようにする――そのために必要なのがブランディングなのです。
では、そうなるためには何をすればいいのか。野間さんと話を進めるなかで、世界に講談社を知ってもらうための新しい「顔」と「名刺」が必要だということになりましたね。「顔」とは企業の理念であり、「名刺」とはロゴです。
- 野間
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実は、これまで講談社には統一されたコーポレートロゴがありませんでした。さらなる世界展開を図るうえで、講談社のロゴがいくつも存在しているようでは認知が進みません。そこで、新たに講談社のロゴを作ることにした。
また、講談社は創業以来「おもしろくて、ためになる」をキーコンセプトに出版物やコンテンツ、サービスを提供してきました。この言葉は抽象的に聞こえるかもしれませんが、取り扱う出版物が幅広いなかで、本質的で示唆に富むこの概念を共有することで、すべての出版物やサービスの魅力と質が担保されてきたのです。
では、この概念をどのように世界に向けて表現すればいいのか。そこにまた頭を悩ませていました。当初はそのまま英語にすればいいじゃないか、と思ったのですが、直訳すると、どうもうまく馴染まない。単純に日本語を英語にすればいいというものではないというところに、改めて世界戦略の難しさとおもしろさを感じましたね。
- グレッグ
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「おもしろくて、ためになる」という歴史ある理念を損なわずに、新たに世界に通用するKODANSHAの理念とロゴを生み出す。私たちは1年近い時間をかけて、その創造に取り組みました。
私たちが行っているのは、新たにブランドを作ることではありません。その企業や組織が従来から大切にしてきた価値や「パーパス」を再発見し、その核心を磨き上げ、より鋭くより強固にしていくことです。パーパスとは、「その企業がこの社会に存在する理由」のことです。
そのために、グレーテル社のクリエイターたちが講談社の社員延べ100人に聞き取りを行い、講談社の本質を抽出していきました。
- 野間
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コロナ禍の前の話ですが、グレーテル社のメンバーには、何度も講談社に来ていただきましたね。言語の違いを超えて、瞬時に本質をとらえてこちらに問いかけ、助言をしてくれる頼もしいメンバーでした。
ブランディングプロジェクトに関わった、グレーテルと講談社のメンバーたち。講談社のことを深く知ったうえで、グレーテル社のメンバーは私たちを刺激するような提案をいくつも投げてくる。それをこちら側が打ち返す。一から物事を積み上げていき、鋭くて純度が高いものを作っていくというアプローチには、とても驚きました。本当に、あなたたちと組んでよかったと思いました。明け方近くになるまで話し込んで、お腹が空いた皆さんが24時間営業の牛丼を何回も食べに行ったと聞いた時には、その熱心さに感動しましたよ(笑)。
そんな過程を何度も経て、お互いが納得するものが出来上がっていった。そして完成したのが、私たちのパーパスである「Inspire Impossible Stories」という言葉であり、新しいロゴです。
「創造的緊張」が生まれる場所に
- グレッグ
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講談社という会社の、最もコアとなる事業はなにか。それは、物語を創り、伝えることです。当たり前のことですが、とても重要な原点です。
「おもしろくて、ためになる」をベースとして、「講談社とはどんな会社か」「なんのために存在するのか」を世界に表現するために創り出したのが「Inspire Impossible Stories」でした。
- 野間
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Impossibleという言葉を聞くと、当初は驚く社員もいました。「不可能」や「できない」といったネガティブな意味がまず浮かびますから。実は、私も初めて聞いたときに驚いた人間の一人です。
- グレッグ
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欧米のユーザーは、見たことのない感動的なコンテンツに触れたときに「Impossible!」と表現します。つまりImpossibleとは、ここでは「あり得ないような」「見たことのないような」を意味する言葉です。
KODANSHAは、作り手と読者・ユーザーの両者に新たな発見や創造性をうながし(Inspire)、あり得ない、見たことのない(Impossible)物語(Stories)を常に提供する企業である。Inspire Impossible Storiesとは、その決意表明なのです。
- 野間
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講談社は漫画や小説、児童図書、ジャーナリズム、そしてファッション誌など幅広いジャンルをカバーする出版社ですが、振り返ればすべてのジャンルで、読者に新しい物語と価値観、そして驚きを提供してきました。Inspire Impossible Stories は新たな決意であるとともに、私たちに改めて自分たちの事業の原点を気づかせる言葉であると思っています。
- グレッグ
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新たなロゴもまた、講談社の原点を示すものになったと思います。
KODANSHAの「K」をあしらったこのロゴは、「さまざまな物語が生まれる交差点」を意味しています。「作り手」と「読者・ユーザー」、「おもしろい」と「ためになる」、「日本」と「世界」、そして「伝統」と「革新」。KODANSHAはそういった異なるものが混ざり合う交差点である、ということです。
私たちはよく「クリエイティブ・テンション(創造的緊張)」と表現しますが、良いものを作るには、常に緊張感が必要だと考えています。二つの概念……たとえば伝統と革新という概念が混ざり合うときには緊張が生じますが、実はその緊張が良いものを創り出すための原動力となるのです。講談社がさまざまな価値観の交差点となって、その緊張が生み出す原動力をもって良い作品・コンテンツを作っていく――そのような意味が込められています。
- 野間
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それを聞いて、「おもしろくて、ためになる」も、二つの概念が混ざり合うことを意識した言葉だったんだ、と改めて気づきましたよ(笑)。
- グレッグ
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まさにそうですね。ロゴは全部で10色ありますが、これは多様性のある組織であってほしいという願いからです。
このロゴを見た人が「KODANSHAの作っているものだから、このコンテンツは信頼できる」と感じるようになることが究極の目標です。
いうまでもなく、これははじまりに過ぎません。いまはまだ世界市場に向けて「KODANSHAとは何者か」を伝えるための名刺とコミュニケーションの土台を作った段階です。
- 野間
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本当にその通りですね。われわれも、「ロゴとパーパスを創った!」で終わらせるつもりは毛頭ありません。対外的には名刺となりますが、講談社のメンバーにとっては、このロゴとパーパスは新たな挑戦を奮起させるシンボルです。一人一人がこれまで以上に世界を意識して、引き続き良いものを作っていくんだと気持ちを新たにしています。
- グレッグ
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KODANSHAが世界中で歓迎される出版社・コンテンツカンパニーとなる日を楽しみにしています。
- 野間
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10年後、20年後に振り返ったときに、2021年が講談社の大きな転機だったと胸を張って言えるように、これからも「おもしろくて、ためになる、Impossibleな物語」を世に送り出し、世界中の読者やユーザーを喜ばせたいと思います。